ありがとうの反対語は?
2022/12/24 10:11:58
こんにちは♡よしえです♫
久しぶりに、実家の父と電話しました。
ガン&足が不自由になったオカンは、どんどんワガママが酷くなってきているみたいです。
67歳の父は、年金をもらいながら、タクシードライバーをしているのですが、朝4時起きの日の前日22時に。
オカンが。
「チャーハンと野菜炒めが食べたいから、王将に行って、買ってきて」
と言い。
王将に行くも、オーダーストップで2軒ハシゴしたそうです。
アルバイトとは言え、人の命を預かるタクシードライバーにとって、睡眠が大事ということも思わず。
自分のワガママを通すオカン。
そういえば。
そんなオカンと距離を置きたくて、私は、19歳で仙台に嫁いだんだっけ。。。
オトンは
「腐れ縁やから、しゃーないけどな」
と前置きしつつ。
「ありがとうの反対語は何かわかるか?」
と私に聞いてきました。
私は
「ん?ありがた迷惑?ありがとない?」
と言っていると。
「当たり前、や」
感謝を表す「ありがとう」に対して。
感謝がない状態を表す言葉は「当たり前」なのだと、とオトンは言いました。
なるほど。
そして、オトンはこう続けました。
「人間が守らないといけないことに
仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌、の
8つの徳目があるけど。
その中でも、仁は最高徳目で、他人と親しみ、思いやりの心を持って共生を実現しようとする実践倫理なんや。」
「その仁が出来ていない人間を「遠仁」と書いて、「オニ/鬼」と言うんやで。
子どもは「もっとくれもっとくれ」と飢えた遠仁(オニ/人から遠い人)だから餓鬼(ガキ)と言うんや。
だからアナタのオカンは、仁が出来ていない人「オニ」やで。」
と。
確かに…オカンには他人と親しみ、思いやりの心を持って共生を実現しようとする実践倫理はナイです。
だから、近所付き合いもなく、障害をもつ私の妹のことも、行政の介入をシャットアウトし、家に20年以上閉じ込め、社会との関わりを絶っています。
もはや、私はオカンを反面教師だと思うしかないですね(ー ー;)
他には。
「自分と周りとの限界に苛まされていない、
思いやりに境界線の無い、
与えることのできる寛大な心を持つ人をサンスクリット語でダーナと言うんだけど。
インドから中国、そして日本は「与える人」と言う意味で伝わり、日本では旦那や、檀家(旦那の家)という言葉になり。
西洋には「提供する人」と言う意味で伝わり、ドナーという意味になったんや」
という話もしていました。
なるほど。
YouTubeで宗教の勉強をしているだけあって、オトンの言うことは、興味深いです。
どうしようもない状況になった時
自分の思考を変える、か
自分の環境を変える
しかないのですが、
オトンは思考を変えるために、勉強し
私は距離を置くために、仙台にいます。
そうしなきゃ、最悪の事態になりかねないから(ー ー;)
だからやっぱり、おトメさんとの同居も今は、見合わせます。
数年後に、ダンナ殿が仙台に帰ってきたタイミングで考えます。
それまでに、ぜひぜひ、ダンナ殿には本当に意味での「旦那」殿になってもらいたいです(^^;;
クリスマスなのに仏教(儒教?)の話になってしまいましたf^_^;
あ、昨日の食事会、ムスコ殿は、ちょっとよそよそしかったけど、和やかに終わりました。
ひとまず、よきよき。
ではでは。
素敵なクリスマスイブを♫
よしえでした。
また明日♫
久しぶりに、実家の父と電話しました。
ガン&足が不自由になったオカンは、どんどんワガママが酷くなってきているみたいです。
67歳の父は、年金をもらいながら、タクシードライバーをしているのですが、朝4時起きの日の前日22時に。
オカンが。
「チャーハンと野菜炒めが食べたいから、王将に行って、買ってきて」
と言い。
王将に行くも、オーダーストップで2軒ハシゴしたそうです。
アルバイトとは言え、人の命を預かるタクシードライバーにとって、睡眠が大事ということも思わず。
自分のワガママを通すオカン。
そういえば。
そんなオカンと距離を置きたくて、私は、19歳で仙台に嫁いだんだっけ。。。
オトンは
「腐れ縁やから、しゃーないけどな」
と前置きしつつ。
「ありがとうの反対語は何かわかるか?」
と私に聞いてきました。
私は
「ん?ありがた迷惑?ありがとない?」
と言っていると。
「当たり前、や」
感謝を表す「ありがとう」に対して。
感謝がない状態を表す言葉は「当たり前」なのだと、とオトンは言いました。
なるほど。
そして、オトンはこう続けました。
「人間が守らないといけないことに
仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌、の
8つの徳目があるけど。
その中でも、仁は最高徳目で、他人と親しみ、思いやりの心を持って共生を実現しようとする実践倫理なんや。」
「その仁が出来ていない人間を「遠仁」と書いて、「オニ/鬼」と言うんやで。
子どもは「もっとくれもっとくれ」と飢えた遠仁(オニ/人から遠い人)だから餓鬼(ガキ)と言うんや。
だからアナタのオカンは、仁が出来ていない人「オニ」やで。」
と。
確かに…オカンには他人と親しみ、思いやりの心を持って共生を実現しようとする実践倫理はナイです。
だから、近所付き合いもなく、障害をもつ私の妹のことも、行政の介入をシャットアウトし、家に20年以上閉じ込め、社会との関わりを絶っています。
もはや、私はオカンを反面教師だと思うしかないですね(ー ー;)
他には。
「自分と周りとの限界に苛まされていない、
思いやりに境界線の無い、
与えることのできる寛大な心を持つ人をサンスクリット語でダーナと言うんだけど。
インドから中国、そして日本は「与える人」と言う意味で伝わり、日本では旦那や、檀家(旦那の家)という言葉になり。
西洋には「提供する人」と言う意味で伝わり、ドナーという意味になったんや」
という話もしていました。
なるほど。
YouTubeで宗教の勉強をしているだけあって、オトンの言うことは、興味深いです。
どうしようもない状況になった時
自分の思考を変える、か
自分の環境を変える
しかないのですが、
オトンは思考を変えるために、勉強し
私は距離を置くために、仙台にいます。
そうしなきゃ、最悪の事態になりかねないから(ー ー;)
だからやっぱり、おトメさんとの同居も今は、見合わせます。
数年後に、ダンナ殿が仙台に帰ってきたタイミングで考えます。
それまでに、ぜひぜひ、ダンナ殿には本当に意味での「旦那」殿になってもらいたいです(^^;;
クリスマスなのに仏教(儒教?)の話になってしまいましたf^_^;
あ、昨日の食事会、ムスコ殿は、ちょっとよそよそしかったけど、和やかに終わりました。
ひとまず、よきよき。
ではでは。
素敵なクリスマスイブを♫
よしえでした。
また明日♫