うらぼんえ
2026/08/13 10:39:22
おはヨッシー٩( ‘ω’ )و
今日からお盆ですね。
お盆の正式名称は
「盂蘭盆会(うらぼんえ)」というそうです。
その起源には、
お釈迦様のお弟子さんである
目連尊者(もくれんそんじゃ)の物語があるそうです。
目連尊者が、
亡くなった自分の母親が
「餓鬼道(飢えと渇きの世界)」で苦しんでいることを知り、
「どうすれば母を救えるのか」
と、お釈迦様に相談したところ。
お釈迦様は、
「夏の修行が終わる日に、
多くの僧侶たちに心から供養をしなさい。
その功徳によって、お母さんは救われるでしょう」
と教えたそうです。
目連尊者がその教えに従うと、
母親は無事に救われた。
これがお盆の起源の一つとされていまふ。
そっか。
「母を救いたい」
という願いが、
お盆の始まりにつながっているんですね。
そして、お盆の根底には、
「自分を産み育ててくれた存在への感謝」
という、
とてもシンプルで温かい想いがあるのかもしれません。
そう思うと、
お盆にご先祖様へ手を合わせることも、
少し違って見えてきます。
私たちには両親が2人。
祖父母が4人。
曾祖父母が8人。
さらに遡っていくと、
10代前なら、
単純計算で1,024人。
20代まで遡ると、
なんと100万人を超える計算になりまふ∑(゚Д゚)
もちろん、
実際には同じ祖先が重複することもあるので、
そのまま「100万人のご先祖様がいた」という意味ではありません。
それでも、
「自分が今ここにいるまでに、
どれだけたくさんの命がつながってきたんだろう」
と思うと、
なんだか不思議な気持ちになります。
その中の誰か一人でも欠けていたら。
あるいは、
誰かと誰かが出会っていなかったら。
今の自分は存在していない。
そう考えると、
自分の命って、
ものすごく長い命のリレーの先にあるんですね((((;゚Д゚)))))))
そして私は、
日本語の
「おかげさま」
という言葉も、
とても美しいなぁと思いまふ。
「自分の力で成し遂げました!」
ではなく、
「おかげさまで」
と言う。
そこには、
自分以外の誰かや何かへの
感謝が込められています。
「お陰様」の「陰」という文字からも、
ご先祖様や神仏、
自然の恵み、
そして直接顔を合わせたことのない
たくさんの人たちの支え。
そんな、
目には見えないものに守られ、
支えられている感覚を
私は感じまふ。
現代は、
「自分の力で生きている」
「目に見える結果がすべて」
と思いがちな時代ですが。
お盆にご先祖様へ手を合わせ、
「おかえりなさい」
と迎えることで、
「自分も誰かから命を受け継いで、
誰かに支えられて生きているんだな」
と、あらためて気づく。
それも、お盆の大切な意味なのかもしれませぬ。
そして、
ご先祖様を身近なサポーターのように感じて、お願い事をするという考え方もあるそうです。
神社やお寺と同じように、
「こうしたい」
「こうなりたい」
と自分の決意を伝えて、
「どうか後押ししてください」
とお願いする。
そんな願い方がいいのかもしれませぬ。
私は、
ご先祖様の後押しだったのかな?
と思う出来事が、
これまでいくつかありまふ。
振り返ってみると、
「あの時は大変だったけど、
結果的には、あれがあったから今がある」
と思えることも多い。
もしかしたら、
見えないところで
ご先祖様が背中を押してくれていたのかもしれません。
……というワケで。
今年のお盆も、
ご先祖様に感謝しながら過ごしたいと思います。
米津玄師さんのライブ最終抽選にハズレても。
サマージャンボ宝くじにハズレても。
「おかげさまで」
の気持ちを忘れずに……
……
……
……
いや。
やっぱり、
ライブも宝くじも当たってほしかったです(T . T)
でもまあ、運を残しておいた…と自分に言い聞かせて。
お盆は、
「いつもありがとうございます。
これからも後押ししてください」
と、ご先祖様に手を合わせたいと思いまふ。
ではでは。
今日もゴキゲンな1日を♫
よしえでした。
また明日♫
今日からお盆ですね。
お盆の正式名称は
「盂蘭盆会(うらぼんえ)」というそうです。
その起源には、
お釈迦様のお弟子さんである
目連尊者(もくれんそんじゃ)の物語があるそうです。
目連尊者が、
亡くなった自分の母親が
「餓鬼道(飢えと渇きの世界)」で苦しんでいることを知り、
「どうすれば母を救えるのか」
と、お釈迦様に相談したところ。
お釈迦様は、
「夏の修行が終わる日に、
多くの僧侶たちに心から供養をしなさい。
その功徳によって、お母さんは救われるでしょう」
と教えたそうです。
目連尊者がその教えに従うと、
母親は無事に救われた。
これがお盆の起源の一つとされていまふ。
そっか。
「母を救いたい」
という願いが、
お盆の始まりにつながっているんですね。
そして、お盆の根底には、
「自分を産み育ててくれた存在への感謝」
という、
とてもシンプルで温かい想いがあるのかもしれません。
そう思うと、
お盆にご先祖様へ手を合わせることも、
少し違って見えてきます。
私たちには両親が2人。
祖父母が4人。
曾祖父母が8人。
さらに遡っていくと、
10代前なら、
単純計算で1,024人。
20代まで遡ると、
なんと100万人を超える計算になりまふ∑(゚Д゚)
もちろん、
実際には同じ祖先が重複することもあるので、
そのまま「100万人のご先祖様がいた」という意味ではありません。
それでも、
「自分が今ここにいるまでに、
どれだけたくさんの命がつながってきたんだろう」
と思うと、
なんだか不思議な気持ちになります。
その中の誰か一人でも欠けていたら。
あるいは、
誰かと誰かが出会っていなかったら。
今の自分は存在していない。
そう考えると、
自分の命って、
ものすごく長い命のリレーの先にあるんですね((((;゚Д゚)))))))
そして私は、
日本語の
「おかげさま」
という言葉も、
とても美しいなぁと思いまふ。
「自分の力で成し遂げました!」
ではなく、
「おかげさまで」
と言う。
そこには、
自分以外の誰かや何かへの
感謝が込められています。
「お陰様」の「陰」という文字からも、
ご先祖様や神仏、
自然の恵み、
そして直接顔を合わせたことのない
たくさんの人たちの支え。
そんな、
目には見えないものに守られ、
支えられている感覚を
私は感じまふ。
現代は、
「自分の力で生きている」
「目に見える結果がすべて」
と思いがちな時代ですが。
お盆にご先祖様へ手を合わせ、
「おかえりなさい」
と迎えることで、
「自分も誰かから命を受け継いで、
誰かに支えられて生きているんだな」
と、あらためて気づく。
それも、お盆の大切な意味なのかもしれませぬ。
そして、
ご先祖様を身近なサポーターのように感じて、お願い事をするという考え方もあるそうです。
神社やお寺と同じように、
「こうしたい」
「こうなりたい」
と自分の決意を伝えて、
「どうか後押ししてください」
とお願いする。
そんな願い方がいいのかもしれませぬ。
私は、
ご先祖様の後押しだったのかな?
と思う出来事が、
これまでいくつかありまふ。
振り返ってみると、
「あの時は大変だったけど、
結果的には、あれがあったから今がある」
と思えることも多い。
もしかしたら、
見えないところで
ご先祖様が背中を押してくれていたのかもしれません。
……というワケで。
今年のお盆も、
ご先祖様に感謝しながら過ごしたいと思います。
米津玄師さんのライブ最終抽選にハズレても。
サマージャンボ宝くじにハズレても。
「おかげさまで」
の気持ちを忘れずに……
……
……
……
いや。
やっぱり、
ライブも宝くじも当たってほしかったです(T . T)
でもまあ、運を残しておいた…と自分に言い聞かせて。
お盆は、
「いつもありがとうございます。
これからも後押ししてください」
と、ご先祖様に手を合わせたいと思いまふ。
ではでは。
今日もゴキゲンな1日を♫
よしえでした。
また明日♫
